農家100人 vol.2 菊池紳/食料生産・流通支援プラットフォーム、プラネット・テーブル(株)代表取締役 『食べ物に関わる人はすべからくクラフトマン』

作物を育て販売する生産者だけにとどまらず、農にまつわる様々な取り組みや活動をしている人間はすべて農家と言えるのではないか。そんな視点から始まった、現在の日本の農を支える100人の農家を取材するプロジェクト『農家100人』。

第二回は、全国各地のこだわり農家(=生産者)と、都内を中心とした飲食店(=シェフ)を繋げる、画期的な食料生産・流通支援プラットフォーム『SEND(センド)』を手掛けるプラネット・テーブルの菊池紳さんにご登場いただきます。

 

「僕ね、農家が評価されていない、今の日本の状況に腹が立つんですよ」

前日、ヨーロッパへの視察から戻ったばかりだという菊池さんは、溜まったビジネスメールをチェックしていたモニターから顔を上げると、こちらを見据えて強い眼差しで言った。

「農家というのは、最もクリエイティブな仕事。モノづくりの中でも最もレベルの高いクリエイティビティが求められる。何故かといえば、生命を育てることの難しさはもちろんありますが、何より外部要因が無茶苦茶多いんです。

例えば、僕らはクリエイターさんとか、デザイナーさんやエンジニアさんに高い報酬を払っています。それは、僕らができないことをやってくれるから。でも、そんな彼らよりも、台風だとか毎日刻々と変化する自然状況という外部要因がある中で、凄まじい機動力と判断力、そしてそれに対応する技術力が求められる。農家とは、そういう希少な仕事なんです。そんな難しい仕事をやってくれる人たちの対価を叩いているような社会とかお金の払い方が大嫌いなんです」

菊池さんのこの言葉には、社会的な大義とか大層なことではなく、ごくごく個人的な思いが込められている。

菊池さんの母方の山形の実家では、今も祖母が農業をしている。子供の頃、山形へ行くと畑の手伝いをしていることが何よりも楽しかった。そして、毎年、祖母が届けてくれるサクランボやラフランスが何よりも誇らしかったという。

2009年のこと。珍しく祖母から電話があった。なにかと思うと「畑を継いでもらえんか」と言われた。

「その電話の数年前から、『果樹は年寄りでじゃやれん』と言って、サクランボやラフランスが届かなくなっていた。それがすごくショックでした。確かに、パートさんや若手がいないと困難な作業が山ほどあるんです。それで、なんで若手の果樹農家が出てこないのか調べてみたら、大して儲からないんですよ。単純に」

調べてみると、農家から消費者の手に届くまでの間に何人もの手を渡って届けられていることが分かった。この構造こそが、農家に支払われるべき対価を削っているものだと思った。

「普通だったら、生産者が150円で出したものにコストが乗っていって最終的に300円になるなら分かる。でも、実際はそうじゃない。価格は200円って最初に決められていて、コストが上流に付け替えられて、生産者は50円にしかならない」

 

生産者側が売値を決められないとか、売る側に主導権がない。

買いたい側の値段からコストを引くっていう構造がヤバイなと。

 

菊池さんは、1979年、東京に生まれた。大学卒業後は、「いつか社会の非効率をなくしたい、起業したい」という思いもあり、そのためにはお金や経済のことを深く知っておく必要があると思い、金融の世界へ飛び込んだ。外資系の証券会社や投資ファンドに籍を置いた。そのキャリアの中でも忘れられない出来事が二つあった。

「ひとつは、投資ファンドでの話です。そこは、ファミリーレストランや生鮮の流通に投資している大きなグローバル投資ファンドでした。中国の毒餃子事件ってあったじゃないですか。まさに、あの時のことなんですが、あの事件で中国産の野菜や餃子が輸入出来なくなった途端に、一気にファミレスが苦しくなったんです。そこで、国産に切り替えようと思っても中々手に入らないというんです。ところが、実際に全国を回ってみるとモノは溢れていたんです。作る人も量も一杯あった。要は繋がっていないんです。繋がらずに埋没してるモノが大量にあったんです。

もうひとつは、農水省の6次産業のファンド創業に関わらせてもらった時のことです。日本中の生産者たちのもとを回らせてもらいました。通算で2600名くらいだったかな。本当にたくさんの生産者たちと話をさせてもらっていた。そうすると、『どんな需要があるんだ?』『何を作ればいいと思う?』『僕ら作れるから言ってよ』って。同じ思いを持っている人が沢山いたんです。これはすごいエネルギーだと思った。その時、僕自身も含めて、このエネルギーが乗れる場所を作りたいなと思ったんです」

これは、まだ祖母からの電話が来る前のこと。当時、一年間、菊池さんは東京から頻繁に山形へ通った。農業を知るためだ。

「僕、本当に継ぎたいんですよ。食べ物を作るって、究極に楽しい。思い通りにいかないし、そこを科学し始めるとすごく深いし。これはハマるなって実感があった。ただ、その実感をモチベーションに変える仕組みがない。今の農業の最大の課題は、モチベーションの設計が悪いんですよ」

漠然としたアイデアの欠片が頭に浮かんでいたのが、祖母からの電話以来、これこそが今の自分がすべき仕事なのではと確信に変わっていった。

「どんなに頑張っても農業が儲からない原因のもうひとつは、どんなにこだわってても、こだわってない人と同じ箱に入れられて、こだわらない人に届いてしまうことがあった。そこを変えようと思った。さっきの流通の構造の課題と合わせた仕組み作りをしよう。そうやって生み出したのが『SEND(センド)』なんです」

 

まず、冷蔵庫と配送用の車を買った。

そこから、全国の生産者にお願いしに行ったんです。

 

「SENDに最初から出してくれた生産者は50名くらいです。農水省のファンドの頃の知り合いではなく、一から自分たちで新たにお願いに行った方達ばかりです。『実験だと思って付き合ってください』って」

SENDが画期的なのは、生産者とシェフの課題も解決したことだった。例えば、シェフ。彼らは、毎日、少量づつ沢山の食材を必要とする。ところが、各食材にこだわろうとすると、毎日、5軒も10軒もFAXで発注をしなければならなかった。しかも、同時に発注しても同時に届くとは限らない。

一方で、生産者の側から見ても、バラバラと少量で来る発注に対応するのは大変だし、下手をすれば送料を負担させられることもあって、ビジネスとしても成り立たない。だから、まとめてドンと送りたかった。

「それって、生産者とシェフは相思相愛なのに、そのままではずっと相容れない。そこに調整弁が必要になる。量と時間軸の調整。だったら、生産者はウチにまとめてドンと送る。それが全国各地から様々な食材が届くのであれば、シェフはウチにだけ発注をかければいい。それで、ウチがピッキングしてシェフに届ける。都市における食材の流通センターです。それがSENDの機能1。

で、次が重要なんですけど、シェフは穫れたてが使いたい。生産者も完熟した鮮度の高いものを食べてもらいたい。つまり、タイムラグをどうシュリンクするか。ここで、シェフの発注を待って、それを取りまとめて生産者にまた発注なんてしてたらすごいタイムロスになる。だったら、僕らは、僕らで需要を予測して、事前に生産者に発注しちゃうことにしたんです」

こんな話を全国の生産者に熱く語り続けた。すると、最初は「そんなやり方で出来るはずないだろ」とか「規格で分けろとか言うんだろ」と言っていた生産者たちだが、徐々に「もし、本当にそんなことが出来るなら、すごく助かる」や「じゃあ、これ凄い美味いから、今日明日で捌いてくれ」という反応へ変わっていった。

「そうやって関係が徐々に出来てくると、『パプリカ作ってる人知りませんか?』って聞くと、紹介してくれるようになるんです」

 

『俺、こういうの(SEND)始めてな。売れるんだよ』って

温度が乗った言葉で周囲の生産者たちに話してくれるようになるんです。

 

プラネット・テーブルを立ち上げたのは2014年の5月。たった3年半で、50人だった生産者は4500名にもなった。扱う食材も常時300種類を超えるようになった。また、当初は菊池さんが通っていた飲食店、30軒に「使ってみて」と頼んだことから始まった取引先も3700軒にも及ぶようになった。しかも、その内の8割以上が飲食店激戦区の都内環状七号線以内である。

「こだわる生産者はこだわる生産者を紹介してくれるんです。だから、SENDが伸びたのは、食材に外れがないからなんですよ。

農産物って、現実はコモディティなんですよ。誰が作っても大根は大根、みかんはみかん。でも、例えば同じ一枚のレザーを使ってバッグを作ったとしたら、作り手によって価値が変わるじゃないですか。僕は、それと同じように、農業をクラフトマーケットにしたいんです。同じ見かけの大根でも、作り手のこだわり、作る地域の風土で味は変わる。それが分かる人たちが自分の目と舌で選ぶ。そう考えると、クラフトマーケットには選ぶ人も必要なんです。選ぶ側のリテラシーですね。そこをまずシェフに求めたんです。

だから、SENDでは有機以外でも農薬を使っていても農薬散布証明や残留農薬証明が出せて、なぜ、農薬が必要だったのかを説明出来る方の食材は取り扱っています。僕たちのスクリーニングではなく、そこも選ぶ人のリテラシーに任せたいんです。買い手と作り手に選んで欲しいんです。ユーザー自身が選ぶことがフェアだと思うんです」

選ぶ(=買う)人もクラフトマンということを端的に表すエピソードを聞いた。山形のミズという山菜がある。もともとムチムチ粘り気のある山菜の節々に出来るむかごは、さらにシャキシャキの食感も加わり、おひたしにすると抜群に美味い。たまたま、一袋だけ賄いで取ってくれたシェフの『美味い!』の一声から瞬く間に大ヒット商品になった。

「大根一筋30年!はすごいことではあるんだけど、逆に時代に取り残されてる部分もあるように思うんです。それって、トヨタが2~30年、ずっと変わらない型の車だけを作ってますって言ったらどうですか?クラフトマンとしては、時代の需要に合わせてモノを作っていけることがブランドだし、生き残る理由だと思っています。土質や気候にもひも付きますが、砂質で寒冷地だから根菜のマスターになろうとか。そうしたら、大根もカラフルなものも、ニンジンからなんでも根菜なら俺に任せてくれっていう人が、僕はこれからの地域を作っていくと思う。

そういうクリエイティブな仕事から生まれる成果物とクラフトマンへの敬意としてのペイが生まれる産業を生み出したい。そこにはシェフや食べ物を加工する人も含まれます。食べ物に関わる人はすべからく『クラフトマン』なんです」

 

 

菊池紳(きくちしん)1979年、東京都生まれ。事業家。産業アーキテクト/事業デザイナー。”食べる”の世界を研究/再発見し、未来に続く提案や取り組みを生み出している。 大学卒業後、金融業界等を経て、2013年農林漁業成長産業化支援機構(官民ファンド)シニア・ディレクターに就任。2014年、プラネット・テーブル㈱を設立し、「SEND(2017年グッド・デザイン金賞)」「SEASONS!」「Farmpay」など、新しい生産者支援プラットフォームを生み出す。Food Innovation Initiative発起人/主宰。http://planet-table.com/

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