ニンニクの手帖 其の一

『渋谷の農家』を出版して以来、取材を受けると、時々、「好きな野菜はなんですか?」と質問される。その度に、胸を張って「ニンニクです!」って答えるのだが、ほぼ100%の確率で会話はしぼむ。そりゃあ、「このニンジンです!」とか言いながら、畑から引っこ抜いたニンジンでもボリボリ食べた方が会話は弾むのかもしれない。もちろん、ニンジンだって大好きだし、自分で育てた野菜が嫌いなわけがない。

ただ、なぜか、そこでニンニク以外の野菜を言うことが出来ない。一旦、ニンニク以外の名前を口にしてしまったら、自分の中の何かが壊れ、失われてしまうような気がするのだ。

って、何を大袈裟な話をしてるのか。そう、ニンニクの話だ。

ニンニクほど不当な扱いを受けている野菜はない。

なにせ、8世紀に中国から日本に渡ってきた時にニンニクという和名をつけられたのだが、そのニンニクという呼び名自体、仏教用語の『忍辱(にんじょく)』に由来している。ちなみに忍辱とは「あらゆる困難に耐え、辱めを忍ぶ」ことを指すそうで、さらに仏教では、仏門での修行の妨げになるので、強精の効果が高い食べ物や、匂いのきつい野菜は禁じられていたという。

そんな所へ何も知らずにやってきて、結果、「はずかしめをしのぶ」なんて名前をつけられたニンニクが可哀想でならない。

紀元前に中央アジアで生まれて以来、エジプトではピラミッドの建設に関わった労働者たちに食され、古代ローマでは遠征に出かける兵士たちの力の源となり、大陸の国々で人々に愛されてきたのに、日本にやってきた途端、「匂いがきつい」「精がつく」など、そのギラついた側面ばかりが取り沙汰されてしまったニンニク。まるで、前の学校ではリーダー格だったのに、転校初日に「あいつちょっと臭くない?」などとイジられてしまったが故に、そのまま卒業までイジられ続ける羽目になってしまった転校生みたいだ。

ところがだ、ある日、畑用の資材を買いにホームセンターへ行くと

どかーんとニンニクの山が現れた!あるわあるわ。ホワイト六片にマイルドEX、後ろに回ればジャンボニンニクや嘉定種などなど。見るのも初めてな品種もどっさり並んでいる。

「あ、そうか。もう直ぐニンニクの蒔き時だったな」そう思うと同時に、これは「お前のニンニク愛を見せてみろ」との、ニンニクの神様からのお告げなんじゃないかと感じた。こんなにニンニクが好きなのに(しつこい)、渋谷の畑で、ほんの少し栽培したことはあったが、がっつりニンニクと向き合ったことはない。目の前のニンニク山を見た。決めた。

「ニンニクの神様、最高に美味いニンニクを育てて見せます!」

迷わず、携帯電話を取り出し、徳之島のゴッド・マザーへ連絡を入れた。(続く)

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