ニンニクの手帖 其の四

「ザクッ」と、一発。振り上げた鍬を土に入れた瞬間の手応えで、「これは、想像以上にしんどい1日になるな」と思った。

それもそのはず、これから土作りをする場所は、油井君が普段使ってる畑の片隅で、しばらく何の作物も育てず放置されていたところだ。なぜ、そんな場所を選んだかといえば、ひとつは、僕のニンニク作りのために貴重な畑を使いたくなかったことと、もうひとつは、そんな荒れた土地から、ゼロから始めるニンニク栽培に挑戦したいという都市生活者にありがちな夢想(よく言えばロマン)に浸る自分に酔っていたからだろう。結論から、さっさと言う。やめれば良かった。しっかり手入れされた畑を借りれば良かった。

ここが本日の我が戦場であり、ニンニクのホームとなる土地である。まずは、ここ全てを耕し、土深く網の目のように張り巡らされた雑草の根を引っこ抜いていかなければならない。トラクターがあれば30分もかからないうちに終わる作業である。しかし、戦場に立つ僕の相棒といえば。

まさかの鍬一本!AI×農業が脚光を浴びている世の中へのアンチテーゼでは決してない。AIどころか、農機具も所有していないだけなのだ。しかし、この時点でもまだ僕の気持ちは高揚していた。「鍬一本で大地を耕す!それこそが、農業の本質じゃないか!」と。「やるなら今しかねぇ〜♪」と黒板五郎気分で鍬を振り下ろした。その瞬間に悟ったのだ。土が硬い。土が固い。土が堅い。刃と柄の付け根の部分を力点に土を掘り起こしてみると、ブグワボゴオッツと濁点の塊のような音とともに掌に土中の雑草の根を引きちぎっていく感触が伝わってくる。網の目どころか、全面が雑草の分厚い層状態である。こんな土を相手に30cmほどの深さを掘り続け、なおかつ、全ての雑草の根を引き抜き、ふかふかの土にしなければならないのだ。ひたすら鍬を打ち込み、土を掘り起こす。休憩も取らず、がむしゃらにやり続けた。ただただ目の前の土と闘い、約二時間。そろそろ終わりが近づいたかと顔をあげる

なにこれ。半分も終わっていない。。。ところが、ここが人間の素晴らしいところだ。心が折れるどころか、反対に燃えてきたのだ。そこから、また二時間。延々と土を掘り起こした。途中で、グッと鍬を掘り起こす時の支点となっていた指の皮がペロンと剥けた。もう、この頃は延々とループする作業=運動でアドレナリンが出ているのか、トランス状態なのか、完全に農作業ハイになっているので、痛みも感じないので気付きもしなかった。

ようやく、掘り起こし作業が終わったのだが、問題はここから。雑草の根っこたちを引き抜かなければならない。そう、ここからの相棒は我が両手のみである。掘り起こした土に両手を突っ込み、ひたすら根っこの根元を探し当て、全部を引っこ抜いていくのである。畑に両膝をついて、こうべを垂れ、ひたすら土を探る。端から見たら、ずーっと畑に土下座しているようにしか見えない。完全なる土下座外交である。べったりと膝をついているのでズボンはもちろん土まみれなのだが、雑草の根がとんでもなく長くて、そいつらを引っこ抜くとブワッと土を頭からかぶることになる。両手も泥だらけだから、汗が吹き出した顔面に土が張り付く、メガネも汚れてるけど拭くこともままならない。

ところが、これをやっていると、すんごく面白いのだ。土の中には、色んな虫がいたり、急にポカッと穴が開いたように真空の場所があったり、反対にある一点だけギューっとカチコチに固まっている場所があったりと、見てるだけでは絶対にわからない土中の様子が全部分かってくる。これから、ニンニクを育てるに当たって、ここがどんな土なのかを全部知ることができる。そう思えた時、ああ、これは土のマッサージをしてるようなものだと思い、雑草を引っこ抜くことはもちろんのこと、土全部の凝りをほぐしてあげようと思った。ニンニクは耕土が深く、排水性と保水性を兼ね備えた方がよく育つ。途中から、土下座外交の姿勢でも腰に負担がかかるようになって、時折、うつ伏せになって手を突っ込むようになった。まさに五体投地。文字通りのDOWN TO EARTH。

身体はとっくに限界を超えている。それでもやめるわけにはいかない。誰かが代わりにやってくれるわけもない。ニンニクの神様への誓いだけを思い出しながら「ははあ、ここが凝ってるな。ちょっとほぐそうね〜」とブツブツ、ニヤニヤしながら畑に寝そべるおっさん。完全な変態である。最後に、酸性の土壌をアルカリ性に変えるために石灰を入れ、堆肥を撒いた。気づけば、夜だった。

あまりの汚れっぷりに携帯を持つことすら憚られたので、本日の闘いの結果は撮影すら出来なかった。カラカラの喉を潤そうとコンビニに行った。そこで、散々、現場仕事で汚れた格好の人々を見慣れているであろう店員のお兄さんにまでギョッとした目で見られた。慌ててトイレに駆け込み、鏡を見た。こんなに自分にドン引きしたことは初めてだった。

翌日は全身筋肉痛でのたうちまわっていた。と、ピンポーンとチャイムが。ドアを開けると、ゴッドマザーからの贈り物がやってきた。(続く)

 

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